1996年に、人材派遣のパソナの社内ベンチャー制度で、ビジネスコープ(現ベネフィット・ワン)を設立し、福利厚生のアウトソーシングという新しいフィールドを開拓。2004年にはJASDAQ上場、2006年には東証二部上場。現在会員数延べ600万人を誇り、日々新しいことに挑戦しつづける、ベネフィット・ワン代表取締役社長の白石 徳生(しらいし のりお)さんにお話をお聞きした。
社長室に入ると、まず目に入ったのは大きなロードバイク。なんと白石社長、今年はトライアスロンに挑戦するそうだ。そんなところからもアクティブさが窺える。
起業までのステップ
実家はネクタイの製造業を営んでいる。そんな白石社長は、学生時代から起業したいという思いがあったという。
「学生時代は競技スキーをやっていましたが、不思議と周りには起業を目指す仲間が集まりました。そこでも色々な縁ができました。例えば、部活の先輩 の叔父さんが北米のパソナで社長をやっていたということもあり、大学3年時にはロサンゼンルスでインターンシップをしました。その叔父さんというのが、パ ソナの前社長である、上田 宗央(うえだ むねあき)さんです。私は起業をしたいと考えていたので、その縁で、卒業後は就職せず、アメリカに行き、起業の発想を得ました。それが、車用品の輸入業で す。当時の日本ではキーレス(遠隔操作で、車の施錠・解錠を行う仕組み)が導入されていませんでした。そのファッション性に注目し、キーレスの仕組みを日 本に卸す大きい事業を作ろうとしたんです。」
結果的に、事業は失敗。数年後に、日本の車にはキーレスが標準装備になったためだ。だが、白石社長の歩みは止まらなかった。
「一度アメリカに帰ろうと考えていた時、上田さんから連絡が来ました。パソナのグループ会社に欠員が出たから、とバイトを頼まれ、パソナジャパン (現ランスタッド)に入社しました。初めてのサラリーマン経験でしたが、結構楽しいな、と思えるようになってあっという間にトップセールスマンになりまし た。会社に認められて、正社員として働いていたある時、派遣の営業をもっと効率よくやる方法があるのではないかと気づいたんですね。当時のクライアントは ほとんどが外資系企業でしたので、外資系で働くビジネスマンを中心に200~300人集めて異業種交流会を開催しました。その異業種交流会にたまたま、当 時の南部(現パソナグループ代表)の秘書がいたのですが、その人から伝わったのか、今度は私が異業種交流会に誘われるようになりました。作家の石川好さん とパソナグループの現代表、南部が作った“石南会”という会です。それが南部との出会いでした。」
刺激的な毎日を過ごしていたが、気づくと20代後半。
「20代のうちには再び起業しようと思っていたので、焦っていました。南部にも、その話をしていたんですね。28歳の時に、社内ベンチャー制度とい うものができて、応募したらどうだと言われました。そこで出した案が一位となり、出資してもらい、設立したのがビジネス・コープ(現ベネフィット・ワン)でした。」
新しい発想に「差」までつける
起業したのは、インターネット誕生の時代。広告型とeコマースのビジネスモデルの中で、eコマースをやろうと決意した。
「eコマースだけでは、過当競争で生き残れないとわかっていたので、2つの差別化を図りました。まず、“生協”。会員制の流通を作りたいと考えたんです。つまり、コストコみたいな、会費を払った会員だけが商品を買える場所です。もう1つは“職域販売(企業の従業員向けの社内販売)”。企業の福利厚生 制度に注目し、福利厚生のアウトソーシングをインターネットでする仕組みを作ることで、会社単位で会員を集めようと考えました。元々日本企業は福利厚生に 莫大な予算をかけていましたから、ユーザーからお金を支払ってもらい、福利厚生のアウトソーシングができると感じていました。
しかし、福利厚生のアウトソーシングは手段にすぎません。違う視点からみると、それは『ユーザー課金型のサービスマッチングサイト』サービスなんです。類似会社と言えば、じゃらんとかぐるなびになると思いますが、ベネフィット・ワンは制度が真逆。ユーザーから会費をとってサービスマッチングさせていますか らね。」
“ユーザー課金”“サービスマッチング”という斬新なアイディアは、どこから生まれたのか。
「起業する時、ガリバーのいない、巨大マーケットを探していたんです。そこで、2つの視点に気づきました。1つ目は、インターネット。2つ目は、モ ノとサービスの流通・製造形態についてです。モノには、製造・流通2つの過程があります。でも、サービス業においては、製造・流通を一緒に行うケースが非 常に多いんです。例外が、旅行業。旅行業っていうのは、全日空みたいに旅行を“サービス提供”する会社と、JTBみたいにサービスを“売る”ことを専門にしている会社があります。私は旅行業以外のサービスにおいて、流通専門の分野を開拓しようと決めました。」
白石社長がここまでサービスの流通を重視するのには、理由がある。それは、サービスが“比較検討”できないためだ。
「確かに、私たちはモノを選んで比較検討できますが、サービスは比較検討が難しい。レストラン1つをとっても、ホスピタリティ・清潔さ・価格などと いった様々な要素が比較を難しくしている為です。ミシュランのようにプロから★をつけていくのか、大衆の意見を口コミとして集めるのか、どちらのアプロー チもできるよう準備を始めています。」
起業をしたければ、好奇心を持て
日々新しいアイディアを生み続ける白石社長。着眼点や、発想のきっかけは身近な所から生まれるそうだ。
「アイディアが生まれるベースは好奇心だと思います。知識が多い人に共通するのは、好奇心旺盛だということです。同じ人と会話をしていて、同じ情報 が入ってきても、スルーする人ときっちり受け止める人がいると思うんです。私の経営者仲間も、皆いろんなことに挑戦して、ビジネスも趣味も多彩です。言い 方を変えると、感度が高い、と言えるんじゃないですか。要は、アイディアを出す時に、意識してでもいいから興味を持つことをおすすめします。私は、人に会 うとき、必ず最高のケースと最悪のケースをシミュレーションしますよ。物事の状況の延長線上には、何らかのケースがあるわけですから。さらに、イメージト レーニングも大切です。スポーツ選手も良く言いますが、成功した時の自分のイメージを作るんです。イメージを持っていても、なかなかその通りには行かない のは事実です。でも、成功イメージがあると、どのように軌道修正していけば良いかわかる。」
日常で実践できる成功術は、まだまだある。
「事業をやるとき、例えば自分が5年後に成功/失敗することを想像するんです。そこで、記者会見で記者に取材を受けているとしますよね。『なんであ なたは成功/失敗したんですか?』と聞かれた時、なんて答えるか箇条書きにしてみてください。誰でもできることですよね。後は、簡単です。失敗した原因で あるとイメージしたことは、絶対にやらないこと。成功に導いてくれたと思える発想は、大切に育ててください。文章にすると頭に入ってこないので、箇条書きで。物事を単純化することで、自分の行動に落とすのがベストです。」
いつから、そのような成功術を獲得したのだろうか。
「基本的には、子どもの頃から本能的にやっていたことを実践しているだけです。ただ、今思うとヒントをもらっていたことも沢山あって、物事を単純化 して考えろ、というのは上田さんに言われました。もう1つ、今までやってきて感じたのは、質の高い付き合いをすること。私もそうでした。幸運なことに、一 流の人々の考えに触れる機会を得られましたからね。もちろん、最初は会話なんてできませんでした。ひたすら、その質の高い話を聞いているだけでした。でも、ぐんぐん成長する大人っていうのは、社会人になって誰が周りにいたか、というのが鍵なんです。誰と会話して、どんな出会いを経験したかで、その人間の レベル感や考え方が定まると感じています。」
過去を振り返り、見つめる将来
ベネフィット・ワンを経営するのに勿論苦悩もあった。
「創業してから2年間は危機ばかりでしたよ。最初の2年で、20年分くらいは苦労しましたね。赤字5億垂れ流しましたからね。2年以内に黒字にしな ければ撤退する約束だったので、ぎりぎりの所で会社が軌道に乗りました。ただ、物理的に可能な限りのベストを尽くしたので、失敗する訳はないと思っていました。ストックビジネスを選んだので、最初は苦労しましたが、そこを越えられさえすれば、増収増益維持のできるビジネスを確立しました。」
今後のビジョンはあるものの、白石社長自身は、固く構えず、柔軟なイメージを持っているようだ。
「私がイメージしている、ベネフィット・ワンの完成型って、私が生きているうちには出来ないかもしれないですね。誰かに継承してもらわないといけないな、と思っています。自分個人のビジョンも、明確に決めているわけではないです。流れに逆らわないようにやって、いろんな選択を享受するつもりです。昔から、何かに対する強い野望とか、欲望は無かった気がします。それでも、良いとおもいますよ。例えば富に執着しても、いざ得ると執着がなくなりますし、人は何かを得ると何か失うんです。だから、何に関してもそれぞれ良い所と悪い所があって、これを得ないと絶対に嫌だ、と決めていることはありません。ただ、 欲が滅多にない分、たまに欲しいな、と思う物があったら100%手に入れます。」
会社の海外進出も、ベネフィット・ワン成長の重要な鍵となっている。
「今は積極的に海外投資をしています。去年は上海、サンフランシスコ。今年中に台北、ジャカルタ、バンコク、その後はフランクフルト、イスタンブー ル、インド、シドニーなど2・3年以内に海外拠点の展開を考えています。日本で成功例があるので、また2年で黒字を目標に、進めていくつもりです。あと は、人選ですね。語学力強化の為に、今年からはセブ島に1ヶ月間、社員を送り込んで英語特訓させます。海外進出の経験値はゼロですが、サービス業ですか ら、ここからが頑張りどきですね。」
斬新な発想を元に、ビジネスを成功させた白石社長。そこに必要なのは、必ずしも完成したビジョンでは無く、身近な好奇心や想像力から成功が生まれるのではないか。今後もベネフィット・ワンの急進に注目したい。
四分一 武 / 文:Lily編集部